A68.妊娠糖尿病/産後の管理/
低出生体重児、巨大児は将来いろいろな病気となると聞いたのですが?

f.糖代謝異常について

◆胎児期の環境が大人になった後の健康に影響することについて
胎児期の環境が、非感染性疾患(NCD)(循環器疾患、がん、慢性呼吸器疾患、糖尿病などの「感染性ではない」疾患の総称)の発症に密接に関係していることが明らかとなっていて、胎児期の高血糖や低栄養は、子供の発達にストレスを与え、大人になった後に糖尿病などのリスクが高くなります。
そこで、個人の遺伝的特徴や成長履歴に基づいて、病気の発症機序を理解し、それに対して介入することで、その個人の疾病発症を未然に防ぐことができるという考え方がDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)と呼ばれます。この理論に基づく、病気の発症を未然に防ぐことを目指す先制医療(pre-emptive medicine)という考え方が提案されています。

◆DOHaD概念の確立について
DOHaD(発達起源の健康と疾患)とは、胎児期から新生児期の環境がその個体の健康度と疾患感受性を規定するという概念です。胎児期の環境は、エピジェネティックな機序を介して(遺伝子の働きが、DNAの塩基配列の変化ではなく、遺伝子の発現を調節するメカニズムによって変化すること)ゲノムの発現を調節し、出生後境への適応を促し、エピジェノタイプ(遺伝子が決定する特徴に加えて、環境要因によっても影響を受ける特徴のこと)が形成されます。出生時のエピジェノタイプと生後の環境がマッチした場合は健康になりますが、ミスマッチの場合には各種疾患の発症リスクが高くなるという理解に基づいて成立すると説明されています。

◆胎児期の栄養と児の長期予後について
・子宮内低栄養[胎児発育不全(FGR)]
1944〜1945年のオランダの飢饉で胎児期に低栄養に曝された新生児は、成長後に肥満や2型糖尿病、高血圧などの生活習慣病だけでなく、凝固異常や呼吸器疾患などのリスクが増加することが指摘されています。また、低栄養に曝された時期によって影響される疾患が異なり、出生時の体重が胎児発育不全(FGR)でなくても疾患発症リスクが増加することが指摘されています。
さらに、胎児期の低栄養だけでなく新生児期の過栄養(catchup)も成長後の各種疾患発症リスクに関与していることが示されています。例えば、オランダの場合は胎児期に低栄養で新生児期には栄養が改善してcatch-upしたことが、成人後の生活習慣病発症リスクの上昇に寄与していることが明らかにされています。

・子宮内高血糖(巨大児)
子宮内で高血糖に曝された胎児は、成長後に糖代謝異常や肥満を発症しやすいことが証明されています。ある研究では、妊娠中の糖代謝異常を4群に分け、児の予後を20年間観察しました。その結果、GDM群と1型糖尿病治療群から生まれた児は、成長後に過体重やメタボリックシンドロームとなるリスクが有意に高かったことがわかりました。つまり、胎児期に高血糖にさらされることが成人後の肥満や糖代謝異常のリスク因子となります。
胎児期に高血糖に曝露されると、成長後に糖代謝異常や肥満のリスクが高くなります。これは、エピジェネティックな調節を介してプログラムされるためです。例えば、GDMでは、胎児期に高血糖に曝露されることで、エネルギー代謝に関連するホルモンの遺伝子や発育に関連するインプリント遺伝子のメチル化などが変化します。これが、成長後のエネルギー代謝や発育、ひいては糖代謝異常や肥満のリスクを高めます。また、胎児期の低栄養や過栄養も同様に、成人後の肥満や糖代謝異常のリスクが高くなります。これは、周産期のエピジェネティクスを介して生じたimprinted IGF2-H19 locusの低メチル化が出生後60年以上にわたって持続するためです。

・エピジェネティックな変異の世代間伝搬: 遺伝子発現の制御
糖代謝異常がある親が子供を持つと、その子供も糖代謝異常のリスクが高くなります。その子供が大人になって子供を持つと、その孫も糖代謝異常のリスクが高くなります。これは、遺伝子のメチル化というエピジェネティックな変化が世代を超えて受け継がれるためです。しかし、この仮説を否定する報告もありますので、今後の研究が待たれます。

・新しい医療の形: DOHaD研究から先制医療へ
DOHaDという研究が進んでいます。これは、胎児期や新生児期の環境が、その人が大人になったときの健康に影響するという考え方です。この研究に基づいて、先制医療という概念が提唱されています。これは、個々人の遺伝的特徴や成長履歴に基づいて、疾患の発症を未然に防ぐことを目指す医療です。
例えば、妊娠中の母親が血糖値を適切に管理することで、胎児期から新生児期にかけての高インスリン血症と糖代謝を制御する視床下部の誤調節を予防できます。これにより、成長後の肥満や糖代謝異常を予防できると考えられます。
また、母乳栄養も有効です。母乳中には高濃度のレプチンが含まれており、FGR児(胎児発育遅延児)に母乳哺育を行うことで、新生児の血中レプチン濃度が上昇し、中枢や末梢のレプチンシグナル伝達系が形成されます。これにより、成人後の肥満や生活習慣病発症リスクが低下する可能性があります。
このように、DOHaD研究から先制医療政策への展開が期待されます。

 日本糖尿病・妊娠学会 編集 「妊婦の糖代謝異常診療・管理マニュアル第3版」 MEDICAL VIEWより転載 一部改変

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